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第14回iPERCセミナーを開催しました

2022/10/11

2022年8月3日、浜松ホトニクス のSenior associate である、Robert V. Warren先生をお迎えし、光創起イノベーション研究拠点のJournal Clubを開催しました。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、前回に引き続き、オンラインでの実施となりました。

今回のJournal Clubでは、静岡大学と浜松医科大学の学生4名が分担し、題材論文の内容を発表し、聴衆からの質疑応答に応じるという形式をとりました。今回の論文は、Journal of Otolaryngology Head Neck Surgeryに掲載された” Otitis Media Middle Ear Effusion Identification and Characterization Using an Optical Coherence Tomography Otoscope. (報告者訳:光コヒーレンストモグラフィー(OCT)に基づく耳鏡を使った、滲出性中耳炎の特定と特徴づけ)が題材に選ばれました。

論文の概要は、PhotoniCare社が開発したOCT機器の、中耳炎診断に対する有用性を評価するというものです。OCTは、検査組織の断層像をリアルタイムで取得することが出来ることから、従来は眼科の網膜検査で広く利用されてきました。本論文の研究では、OCTによって、鼓膜周辺の断層像を撮影することで、中耳炎の診断に応用することが試みられました。開発した機器は、内耳側の液体の有無を識別するということについては、90%以上の正確度、感度、特異度(*1)を示し、さらにその診断成績は、使用者のOCT診断に関する経験に依存しない、ということが分かりました。しかし、内耳の液体が漿液性であるか否かを判定することは、正確度が約70%、感度は約53%、特異度は約80%と、改善を要する結果を示しました。診断の正しさのみならず、術者にとっての使い易さも検討され、改善案が検討・議論されました。

耳は、外耳、中耳、内耳で構成されています。中耳炎は、子供によく見られる症例です。これは、中耳にある耳管と呼ばれる器官が、子供の場合には大人のそれに比べて太く、短く、中耳からほぼ水平につながった構造をしているために、細菌やバクテリアによる感染を受けやすいことに起因します。中耳炎は、その発症メカニズムに応じて、2つの種類に分類することができます。1つは、細菌等の感染によって引き起こされる急性中耳炎であり、鼓膜の変色や膨張、穿孔を特徴とし、痛みを伴います。もう1つの滲出性中耳炎とは、耳管の機能亢進によって引き起こされるものです。滲出性中耳炎では、鼓膜に気泡が確認されたり、鼓膜の退縮が確認され、難聴をもたらします。特に、子供が滲出性中耳炎を発症した場合には、その後の言語獲得にも悪影響を与えることが指摘されています。反復性の子供の中耳炎に対する治療法としては、鼓膜チューブという機器を鼓膜へ埋め込むという治療法がとられます。中耳炎の診断には、空気圧耳鏡やティンパノメトリーと呼ばれる技術が用いられますが、その診断は技術を要することや、診断時に子供に恐怖や痛みを与え、診断が難しくなることから、より簡便かつ非侵襲的に診断できる技術が要求されています。

筆者らは、中耳炎の観察に対して、光コヒーレンストモグラフィー法(OCT)を応用し、その有用性を検討しました。OCTとは、リアルタイムイメージング技術であり、眼科の診断では、網膜の断層構造を撮像、診断することで豊富な利用実績があります。OCTが深さ方向の構造を識別できることは、この技術がマイケルソン干渉系という技術を基礎に作られていることに拠ります。マイケルソン干渉系によって得られる干渉縞のパターンは、干渉する光が通過した距離に応じて変化するため、そのパターンから、光が辿った距離、つまり光が帰ってきた深さが分かります。筆者らは図1に示すような、OtoSightと呼ばれる中耳炎診断用のOCTを開発しました。耳の診断装置として100年間デザインが変わっていない耳鏡と、深さ方向を可視化することのできるOCTを組み合わせることで、臨床医の意思決定を円滑化し、診断時の耳への侵襲性を低減することを目指しました。

図1 OtoSight の外観 [1]

図1 OtoSight の外観 [1]

OtoSightの有用性を検討するために、鼓膜チューブの埋め込みを受ける70人の小児患者に対する臨床試験が行われました。70人の患者から最終的に得られた65枚の鼓膜のOCT像から、更に20枚の画像を選出しました。この20枚は、7枚が滲出液を伴わない中耳炎の画像、6枚が漿液性の滲出液を伴う中耳炎の画像、残り7枚は漿液性ではない滲出液を伴う中耳炎の画像です。この20枚と、それぞれの鏡像20枚を合わせた40枚を判定者へ提示し、画像を元に診断をつけるという試験が行われました。診断結果は、その正確度、感度、特異度という観点で評価されました。判定者は、6人の耳鼻咽頭科医、6人の小児科医、6人の準医師(*2)、そして6人の非医療関係者から構成されます。非医療関係者は、診断成績の、医療知識の有無に対する依存を検討するためのコントロールグループとして採用されています。また、この24人は更に、OCTの経験を有するか否かという観点でもグループ分けされ、11人の経験者と13人の未経験者に分けられました。

結果としては、滲出液の有無の診断については、正確度・感度・特異度の全項目で90%以上の成績を達成しました。また、OCTの経験の有無は、診断の成績と相関がないことが示されました。医療技術の専門性に対する依存は、感度・特異度について依存があるという結果を示しました。一方の漿液性であるかどうかの判断については、正確度が約70%、感度が約50%、特異度は約80%という結果でした。OCTの経験の有無については、やはり依存は確認されませんでした。医療技術の専門性に対する依存は、正確度と感度で依存が見られました。

診断成績以外の面では、リクルートされた70名の被験者から獲得できた、診断に使える画像が65枚に留まった点について、この65枚を取得した45名の被験者の平均年齢が5.01歳であったことに対して、画像を取得できなかった25名の平均年齢が2.54歳であったことがわかりました。また、撮影されるOCT像が診断に使える割合は、臨床試験の実施期間の長さに比例して増加し、6ヶ月目では、約50%に留まっていたものが、12ヶ月で63.6%、18ヶ月で69.4%へ増加したことも分かりました。

以上の結果を踏まえて、OtoSightの改善案が5点検討されています。1点目は、OtoSightの形状を、既存の耳鏡により近づけるというハードウェアの改善案です。現時点の形状は図1に示すように、OCTの撮影部分(図1左)と画像投影部(図1右)が分離していますが、図2のように、撮影部分と画像投影部を一体化させることが提案されました。既存の耳鏡は、術者が耳鏡で耳を覗き込む様に使用します。撮影部分と画像投影部を一体化することで、耳鼻咽頭科医がOtoSightへより馴染みやすくなることが期待されます。2点目は、漿液性と非漿液性の識別性能を改善するために、機械学習を導入するということです。機械学習を導入するためには、判定能力を養成するためのモデルデータの整備が重要であり、中耳炎に対する、例えば滲出液の粘度測定のような、より定量的な分析データと取得される画像を紐づけることが重要であろうと考えられています。3点目は、撮影されたOCT像の診断への有用性を判定する機能を導入することです。診断に対して有用なOCT像を得られない場合には、外耳道を鼓膜と誤って撮影している場合があります。これは、OCT像で鼓膜を識別することに術者が不慣れであることと、現在のOtoSightで可視化できる深さが既存の耳鏡に比べて浅いことが挙げられています。例えば、OCT像のコントラストを指標として、OCT像の診断への有用性を判定する機能を導入することが考えられます。4点目は、エルゴノミックデザイン(*3)を採用し、取り回しの便を改善することであり、5点目は、ユーザインターフェースの改善です。これら5点の改善を実装することで、筆者らはOCTの中耳炎診断への応用を拡大することを目指しています。

図2 撮影部分と画像投影部分を一体化した機器 [2]

図2 撮影部分と画像投影部分を一体化した機器 [2]

発表の合間には質疑応答が行われ、以下のような議論が交わされました。

質問:OCTに関する概説の中で、可視化される深さが10 mm以上に及ぶこということが示されていたが、これはどのような状況を想定したものか?深すぎるように思う。

回答:散乱や吸収の弱い、長波長帯の光を使用する状況を考えていると思う。または、網膜の撮影を考えているのではないか、眼球の厚さはその程度と考えても良いかもしれない。

コメント:深さ方向で分解能を得ようとすると、面方向の分解能は劣化してしまう。そういったトレードオフの関係については、技術的な対策を講じるべき重要な課題であると思われる。

質問:深さ方向を可視化する生体計測技術といえば、超音波イメージングがある。これは超音波の伝搬時間から、信号が帰ってきた深さを推定するという原理に基づくが、OCTではどのように深さを推定しているのか?超音波イメージングと今回のOCTは、深さの推定という点で、何が違っているのか?

回答:伝搬速度が違う。光のそれは、超音波に比べて圧倒的に速く、伝搬時間を調べることは難しい。マイケルソン干渉系を用いることにより、発生する干渉縞から、光が帰ってきた位置、つまり深さを推定することが出来る。

質問:結果の話の中に、より幼い子供では、診断に有用な画像を取得することが難しいという話があったが、これはなぜか?幼児特有の、耳の解剖学的な構造の差によるものなのか?

回答:解剖学的な構造の差があると思う。

回答:幼児は、じっとしていられず、動き回ってしまうことが診断を難しくするそうである。

また今回のジャーナルクラブでは、静岡大学大学院の総合科学技術研究科の医工学プログラム受講生6名から、次のような質問が寄せられ、議論がなされた。

質問:ANOVA解析とは何か?

回答:ANOVAとは、一般的な2標本t検定(*4)の拡張型と考えられる。今回の試験では、2つ以上のグループ間(耳鼻咽頭科、小児科、コントロールの一般人等)での比較をおこなっていることで、2標本t検定は使えない。

質問:臨床試験から除外された「感覚上の問題がある患者」とはどのような問題か?

回答:論文に明記されていないので、推測になるが、この種の検査は時に痛みを伴うので、検査を拒否したのかもしれない。

質問:本文図2(B)と(C)にはあまり違いがないように思うが、ここに示される違いとは何か?

回答:図2(C)では、(B)に比べてより強い散乱信号が得られている。これは、内耳には液体のみならず、固体のようなより散乱の強い物質があることを示唆している。しかしこれはあくまでも、分かりやすい例が示されているだけであり、低品質なデータである場合には、判別が難しそうだ。機械学習の導入が望まれる。

質問:もし患者が、治療のためにOCTの検査光を吸収するような抗生物質等を服用していた場合でも、この診断技術は尚も有用であるといえるか?

回答:服用される抗生物質等が、使用される波長帯に吸収を持つか検討し、使用すべきだ。しかし事前に耳を掃除するなど、吸収のある物質を除外することで、この問題は回避できると思う。

質問:眼科や耳鼻咽喉科以外に、OCTが使用されている例を教えてほしい。

回答:心臓病学への応用もある。血管のプラーク(*5)を撮影する応用がある。医学応用以外でも、半導体分野への非侵襲計測の応用もある。研究用途でもOCTは使われている。

質問:将来、更にOCTを改良するために必要な技術は何か?

回答1:スキャンレート(*6)を改善することが重要だろう。ライン撮影を基本とするOCTでは、2次元の像を得るために時間が掛かる。

回答2:お金が掛かってしまいますが、分光学的な手法を持ち込むことが有望だろう。現在の撮影では、散乱や吸収をもたらしている物質の化学素性は分からないが、分光的な手法では、これがわかると思う。

コメント:心臓病学でOCTの活用があると言ったが、血管内のプラークの化学素性を知りたいという需要がある。分光学的手法は、この需要に応えるものであり、有望である。

回答3:スペックルノイズ(*7)の除外が重要だろう。分解能は十分である。分光学的手法は重要だ。例えば、Full field OCT(*8)はセンサーの改良によって、高速な分光的イメージングができると思う。

回答4:OCTを他の技術と組み合わせること、あるいは小型化は重要であると思う。光学研究で流行しているが、Integrated photonics(*9)の様に、OCTに使われる光学素子を集積化し、小型化するという発展の方向があると思う。

質問:PhotoniCare社の様に、OCT機器を取り扱う会社が他にもあるかということについて興味がある。何かご存知か?

回答:即答は出来ないが、米国のFDAのウェブサイトを利用し、興味の医療機器を取り扱う会社を調べる方法がある。

最後に本報告書の筆者の感想を述べる。紹介された技術の性能については、まだ改善の余地があるように思う。しかし今回の論文で課題は明らかであるように思うので、コスト面での努力なのであろうが、将来的に改善していくと思う。患者への非侵襲性や動いてしまう子供への適用に関する改善も重要な課題である様に思う。理想的な、全く動かず、痛みも感じにくい様な患者へ適用することで、論文映えするデータは取れるだろうが、工学の様な実学では、実際の現場での使用に耐え得るかという視点で開発をすることもまた重要である様に思う。医工連携プロジェクトは、そういった実用的な視点に向き合える良い機会であると、工学系に属する筆者は改めて感じた。

ジャーナルクラブの様子

ジャーナルクラブの様子

 

用語解説

*1: 正確度、感度、特異度
それぞれ、英単語 accuracy、sensitivity、specificityの訳語で、機器や計測の性能を表す一般的な指標である。

種々の研究分野で、それぞれに特化した定義がなされている。本ジャーナルクラブが対象とする疾患関連の検査機器、方法論においても独特の定義がある。

眼科用のOCTを用いる眼科疾患の検査で用いられる定義を、眼科関連の研究支援で実績のある株式会社クレスコの技術研究所のウェブサイトでは、以下のように記載している(参考文献:株式会社クレスコ (https://www.cresco.co.jp/blog/entry/5987/) 閲覧日:2022/09/05)。

これらの定義は運用上の実務的なもので、学界としての統一的な定義があるわけで はない。

正確度: ある疾病の陽性・陰性を正しく判定するための指標。(真陽性数+真陰性数)÷全症例数。
感度: ある疾病を発症しているが、それらの症例中で実際に陽性と判定される指標。真陽性数÷(真陽性数+偽陰性数)。
特異度: ある疾病を発症していないが、それらの症例中で実際に陰性と判定される指標。真陰性数÷(偽陽性数+真陰性数)。

*2: 準医師

アメリカの医療職種。医師の監督下で医療行為を行える者。

参考文献:英和生命保険用語辞典

*3: エルゴノミックデザイン

人間工学(エルゴノミクス)に基づく設計(デザイン)であり、物のデザインにおいて、人がより自然に、効率的に使用できることを目指したデザイン。例えば、握りやすい形状のパソコンマウスなどがある。

参考文献:IT用語辞典 BINARY (https://www.sophia-it.com/content/エルゴノミクスデザイン) 閲覧日:2022/09/20

*4: 2標本t検定

2つの独立した母集団*から得られた、標本の平均値の間に差があるかを判定する統計的な手法のこと。(*母集団:標本を抽出するための母体となる統計量の集まり)

参考文献:統計Web (https://bellcurve.jp/statistics/course/9427.html), (https://bellcurve.jp/statistics/glossary/809.html) 閲覧日:2022/09/05

*5: 血管プラーク

動脈の内側に出来る粥状の突起物のこと。成長すると血流を阻害する。

参考文献:いしまる内科クリニック(https://www.ishimaru-naika.com/policy20.html) 閲覧日:2022/09/05

*6: スキャンレート

参考文献:画像検査.com (https://gazou-kensa.com/camera/136/) 閲覧日:2022/09/05

*7: スペックルノイズ

レーザーの反射光が干渉することで画像上に発生する粒状のノイズのこと。

参考文献:Optipedia (https://optipedia.info/laser/handbook/laser-handbook-7th-section/31-3/) 閲覧日:2022/09/05

*8: Full Field OCT

試料を面状に照明し、その反射光を面上に並んだ光検出器(CCDカメラなど)で撮影することで、OCT像を取得する方法のこと。

参考文献:視覚の科学 (https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpnjvissci/29/2/29_29.58/_pdf/-char/ja) 閲覧日:2022/09/05

*9: Integrated Photonics

既存の電子回路の様に、光源や光の導波路などの光素子を、1つの基盤上に集積したチップを使った応用を開拓する光の分野。

参考文献: AIM Photonics (https://www.aimphotonics.com/what-is-integrated-photonics) 閲覧日:2022/09/05

参考文献:

[1] Otolaryngol Head Neck Surg. 2020 March; 162(3): 367–374. doi:10.1177/0194599819900762

[2] Medical expo, (https://www.medicalexpo.com/ja/prod/syncvision-technology-98009.html) 閲覧日:2022/09/05

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