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第13回iPERCセミナーを開催しました

2022/01/24

2021年12月1日、Beckman Laser Institute のProject Scientist である、Robert V. Warren先生をお迎えし、光創起イノベーション研究拠点のJournal Clubを開催しました。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、前回に引き続き、オンラインでの実施となりました。

今回のJournal Clubでは、静岡大学と浜松医科大学の学生4名が分担し、題材論文の内容を発表し、聴衆からの質疑応答に応じるという形式をとりました。今回の論文は、Nature Medicineに掲載された”Near real-time intraoperative brain tumor diagnosis using stimulated Raman histology and deep neural networks” (報告者訳:誘導ラマン顕微法と深層ニューラルネットワークを用いた脳腫瘍の近実時間術中診断)が題材に選ばれました。

論文の概要は、実時間に近い時間内で、脳腫瘍の手術中に採取した脳組織について、その組織に含まれる腫瘍の種類や位置を識別する技術を開発し、臨床応用にて、従来の技術に劣らない識別精度を達成したというものでした。Journal Clubの冒頭にて、Warren先生が、「これは、Doozy (困難なことを意味するスラング)な論文である」と仰られたように、光工学、計算機科学、臨床試験を横断する、複雑で興味深い内容でした。

脳腫瘍とは、頭蓋骨内で発生する腫瘍群を総称したものです。脳腫瘍は、予後が悪い悪性腫瘍と、手術で切除することのみで完治が期待できる良性腫瘍に分類されます。従来の手法で脳腫瘍の診断をつけるためには、まず手術中に患部から組織片を採取し、凍結して薄切片(これはFrozen sectionと呼ばれます)を作製します。そして、切片に対してエオジン・ヘマトキシリン(H&E)染色処理*や分子マーカーの発現を調べる処理を施した上で、専門の病理医によって診断をつけるという過程を経ます。この一連のプロセス(Frozen section法)のためには、およそ20分から30分程度の時間を要しています。また、組織片の処理や病理診断を下すための人材も必要であることから、時間や労力を有する工程であると考えられていました。

そこで筆者らは、Frozen section法を用いずに組織片の性質を調べることができる技術を、誘導ラマン散乱顕微法と深層学習に基づく画像解析法を組み合わせることで、開発しました。誘導ラマン散乱顕微法とは、標的にレーザー光を照射することで発生する誘導ラマン散乱光を検出し、標的を画像化する技術です。この誘導ラマン散乱光は、標的の分子の結合状態に応じた性質を示すため、標的の化学的な素性を調べることが出来ます。誘導ラマン散乱光を発生させるために必要な手続きは、注目する標的にレーザー光を照射するのみです。そのため、Frozen section法で用いられる様な、組織片に対する処理が一切不要であり、時間の短縮に繋がります。

この論文では、誘導ラマン散乱顕微法で取得した組織片の顕微鏡写真は、深層学習のアルゴリズムの1種である、Convolutional Neural Network (CNN)によって、処理されています。CNNは深層学習に基づく画像解析法であり、この処理によって、組織片に含まれている腫瘍の種類や、正常な脳組織と腫瘍の境界を推定することができます。今回用いられた画像解析法では、複雑な組織片の写真であっても、その計算処理を簡潔化することができる手法、CNNによる正確な腫瘍の識別を実現するための訓練を短縮することができる手法、希少な腫瘍であっても解析することが可能になる手法が導入されました。また、CNNによる画像解析では内部の処理がブラックボックスになりがちですが、この研究では腫瘍識別の際に、CNNが注目している画像の特徴を抽出する手法を導入することによって、病態識別の根拠となる特徴が如何なるものかを可視化することにも成功しました。

この技術は、278人の患者に対する臨床試験に導入され、従来の病理医による診断に対する診断精度の優劣が評価されました。結果的には、診断精度は、統計学的に評価して、従来の病理医による診断に劣らず、優劣をつけることができないという結果になりました。正確性の面では、従来法と比べて優劣がつきませんでしたが、時間短縮の面では、従来20-30分程度を要していた時間を、2.5分程度にまで短縮することに成功しました。この結果は、専門の病理医や装置がない状況であっても、正確に診断をつけることが可能になるということを示しており、人員削減に寄与することが期待できます。また、この技術は病理医による診断のバックアップとして機能させることで、更なる組織片の解析や、診断精度の向上に寄与すると言えます。本研究成果は、米国のベンチャー企業Invenio Imaging inc. によって商用化されており、Warren先生は、「研究で終わらずに、多くの手術室で使われるような技術にしてほしい」と期待しておられました。

発表の合間には質疑応答が行われ、以下のような議論が交わされました。

質問;この技術は、脳から組織片を切り出すことなしに、使うことは可能であるのか?

回答;可能であると考えている。しかし患者の動きや出血など、CNNの処理に対してノイズになる要因が想定されるため、対処や改善が必要であると考える。

質問;誘導ラマン散乱顕微法によって取得した画像は、ピンクと緑色からなる色付けがされているが、なぜか?

回答;従来の検査技術である、H&E染色で得られる色に合わせて擬似カラーを当てていると考える。病理医や、術者の馴染みやすさを考慮しての処理であろう。

質問;この研究で用いられた、Non-inferiority trialについて馴染みがないので、説明してほしい。

回答;比較する手法間で、統計的に有意な優劣をつけるための手法である。この手法によって、従来の病理医による診断精度を考慮して、いずれかの診断の正確性が91%以下であれば、その優劣を示すことができる。しかし、正確度がいずれも91%以上であれば、その優劣をつけることはできないことになる。結果的には、従来手法と本手法について優劣をつけることはできなかった。そして、提案手法が、従来手法に比べて、劣っていない(Non-inferior)ということがわかった。

質問;脳腫瘍の診断精度という観点では、従来の病理医の診断と精度は変わらないのですね。では、それを踏まえて、この技術を開発するメリットは?

回答;時間短縮効果である。従来の方法では、検査に20-30分を要するが、本技術は2.5分程度であり、有用である。診断の精度は、脳腫瘍のマーカー分子を本手法によって識別する機能を付加することによって、改善が見込まれる。

質問;このCNNに対する訓練データの大きさとその訓練がどのくらい必要であるかを教えてほしい。

回答;415人の患者から取得した250万枚の画像パッチ(パッチとは、撮影した組織片の写真をあるサイズの区画で切り出したもの)を使い、10回の訓練を行っている。

質問;採取した1つの組織片を撮影し、解析するのに要する時間は?

回答;およそ2分である。撮影時間を要するので、組織片を切り出さない状態で、この技術を適用すると、ラマン顕微鏡写真には組織片の振動に起因するノイズが含まれるだろう。そのためCNNで解析しても、良好な診断精度を実現することは難しいかもしれない。

質疑応答の中では、Warren先生が、発表学生に対して「この論文を学ぶ中で、もっとも楽しかった、印象深かったことを教えてほしい」という問いかけがありました。これに対して、「サンプル採取から診断までが、手術室で完結し、時間も労力も大幅に削減されたこと」、「ラマン顕微法や、CNNという自分にとって新しい分野を学んだこと、実際に手術室でこの技術が動いていることをビデオで見ることができたこと」、「解釈が難しいCNNの処理の可視化の便宜を図っていたこと」、「ラマン顕微法による像が、H&E染色による像によく似ていること、専門の設備や人材がいらないので、リモートでの診断や、緊急時の診断にも対応できそうなこと」と、発表者は答えていました。

また、脳外科医でもある山本清二先生に対してWarren先生が本技術に関する所感を伺うと、「悪性神経膠腫**と神経膠症***を識別すること、そして腫瘍の境界を見つけることは大変重要である。特に悪性神経膠腫を手術で切除しきるということは難しく、それは、腫瘍と神経膠症の境界を見つけることが難しいからである。よって、これを実時間に近い時間で出来れば大変素晴らしく、患者さんの5年生存率の向上につながる。この技術について伺っていると、それが出来るようになるという期待を覚えた。その意味で、大変興味深く拝聴した。」と答えられていた。

本報告書の筆者は、顕微鏡に関する研究に取り組んでいる。ラマン顕微法による生体イメージングは、顕微鏡研究では大変注目され、流行っている内容であると思う。一方のCNNについても、専門外の自分でも分かるほどに、産学問わずに活発な研究開発がなされていると思う。こういった先端技術同士のコラボレーションは最近よく見られるようになってきている印象がある。医療現場に対する今回の研究の様な応用・コラボレーションは、技術の進展によって患者さんの健康に寄与することは勿論、研究者が異分野の研究に触れる機会となり、次なる研究のきっかけを掴めることもあろうかと思う。そういった中から、次なるイノベーション(新結合)が生まれる日を期待している。また、Warren先生が仰っていた様に、複雑な内容であったが、各発表者は大変よく学習し、準備しており、内容が分かりやすかったと思う。Warren先生はとても謙虚で気さくな方であり、良い雰囲気で会が進行していたことが印象に残っている。論文を事前学習しておけば、大変面白い議論をさせてもらえると思うので、次のJournal Clubが楽しみである。

 20211201Journalclub

【用語解説】

*エオジン・ヘマトキシリン染色

細胞の核と細胞質を識別するための細胞染色方法。細胞の核を青藍色に染色し、細胞質を赤色に染める。

参考文献:広島県医師会だより (http://www.labo.city.hiroshima.med.or.jp/wp-01/wp-content/uploads/2015/01/center201502-02.pdf) 閲覧日:2022/1/11

**悪性神経膠腫

脳や脊髄に存在する神経膠細胞から発生する悪性脳腫瘍は、その悪性度を4段階に分けることができる。この内、グレード3と4の腫瘍を指す。

参考文献:神経膠腫 (https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/glioma/tumor/glioma.html) 閲覧日:2022/1/11

***神経膠症

脳や脊髄で障害が発生した時に、神経膠細胞の1種である、星状膠細胞が増殖すること。

参考文献:【高磁場磁気共鳴画像法による細胞・分子イメージング研究】脳梗塞の後に起きる「神経膠(こう)症」の高分解能イメージングに成功 ~脳梗塞治療薬や神経再生医療の開発に貢献~ (https://www.qst.go.jp/site/qms/1653.html) 閲覧日:2022/01/11

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